意外に気づかれないように思う事実ですが、『奥ドル』は3巻目なのです。
なぜ気づかれないのか。掲載誌が地(略)だからなのか? いまひとつ竹書房さんの押しが弱いのか? 
おそらく師走冬子先生が思ってもみないところかと思うのですが、『奥ドル』は師走冬子先生の作品の中ではめずらしく、「掲載誌内での地位も、作品としてのアイデンティティも、地道に固まっていった作品」になったと、私は思うのです。
とはいえこの作品の存在感はすでにゆるぎないものになっています。なにせ、なにげに「MOMO単独掲載作品」では単行本の最多巻数に肩を並べたうえに、他の最多巻数作品で現在も続いているのが『家政婦のエツ子さん』(こいずみまり先生)だけ。この作品と『家政婦の?』の両作品だけが4巻目以降を刊行して更新していく可能性が著しく高いわけですからね。

キャラ作りが上手いのが師走先生の持ち味だ、とは私が何度かこのブログでも師走先生作品の感想を書いたときの代表的なフレーズですが、この作品でももちろん、まゆりちゃんと博嗣さんをはじめ、師走作品キャラに外れなしといわんばかりに、登場するキャラクターはみなキャラがびんびん立っています。
お話は? といえば、なんといえばいいでしょうか。私が思うに、師走冬子作品のなかで、この作品の世界にはもっとも自然な空気が流れているというか。他の師走冬子作品と比較したときに、(誤解をおそれずに言えば)作品の語り口に破綻したところがない、というのがいちばん当てはまるというか。ただ、この「破綻」した部分が師走先生の他作品では面白さに直結したところもあるので必ずしも「破綻」が欠点であると言い切れないところが面白いのです。
今回連載時から読んでいる作品の3巻を読み返していて、やはりこの作品は師走冬子作品の中では特に優れている作品だなあ、という思いがあらためて感じられたのですが。
それがなぜ作品のイメージでも掲載誌内での印象も地味めな印象を背負わされているのか、理解に苦しむところです。

今回単行本を読んでいて気づいたというか感じたことなのですが、まゆりちゃんにはふたりの「裏まゆり」がいるのではないのかなと。
ひとりは、言わずと知れたまゆりちゃんの妹、じゃなかった弟の由真くん(いま素で「妹」って打ってしまった【笑】)。衣装を着てしまえばまゆりちゃんとまったく変わらない見た目、どころか普通に並んでいても見分けがつかないのですから。マネージャーの松川さんじゃなくてもふたり並べてアイドルさせてみてえ、と思うでしょう。
とりあえず、師走先生には「奥さまは男子中学生」(107P)自重で(笑)。
そしてもうひとりは、3巻掲載分からの登場となった「新宿さん」こと鮫島みち香さん。彼女は、まゆりちゃんのように輝くところは何もない一般人だけど、クラスでは微妙な存在になっているまゆりちゃんにも憧れを含んだ暖かいまなざしを向けるやさしい女の子で、なおかつ博嗣さんの肝を冷やさせるほどのすごい洞察力(笑)を持つ娘のようですが。
タイプが違うのになぜ「裏まゆり」だと思ったのかといえば、まず前髪がまゆりちゃんと似ていたから(笑)だったのですが、まゆりちゃんと対極の位置に置かれたキャラというのも、「裏まゆり」的存在になる理由になるのではないかなあと。

そういえば3巻では、師走先生の他作品との微妙なリンクも貼られた「にゃんこる?ん」シリーズというのもテーマのひとつに入るのでしょうかね。今回は巻頭描き下ろしのカラーページやカバー裏にもにゃんこる?ん(とその中の人)ネタがばしばし描かれていて、師走先生もかなりお気に入りじゃないか? と感じさせられます。
『火星人と今日子と醤油』に続くヒットを飛ばすのか、ってあれは原田潤一先生の作品でしたかすみません。

いくら読んでも飽きのこない流れの作品で、登場キャラもみなそれぞれの役割を果たした上でキャラがきれいに立っているとくれば、これは師走冬子先生の作品の中でも「特に凄い作品」になりうる要素がたくさんある作品だと思うので、もっとブレイクしてくれるといいのですが。