シギサワカヤさんが、2年以上にわたって描き続けた同人誌・『九月病』シリーズをまとめたこの単行本。上下巻合わせて500ページ以上の大作です。
シギサワさんも描きに描きたり、白泉社の編集者さんも纏めにまとめたりという感じです。なんてお茶目に書いてみましたが。

この作品。複雑な環境の下で育った兄・広志と妹・真鶴との近親相姦関係の成り行き、という一本の糸と、その糸になぜか絡んでいってしまう女性・碧と広志の関係、というもう一本の糸が絡んでもつれて編まれていく濃密な作品となっております。
じつのところ私は、いままでこの作品は分厚い量が主なネックになっていてなかなか手を出すに至りませんでした。上下巻も一度には買わず、昨日上巻を購入して読んでみたのですが(そしてシギサワさんの作品を再び電車の中で読むことになる【笑】)、やはり一気に読まされてしまい、今日になって下巻を購入してまた一気に読まされる(苦笑)ことになりました。

上巻に収録された作品には、上に書いた二本の糸以外のサイドストーリー的作品もあってかなり楽しめるものもあります。広志の親友・原口とその恋人が登場する小品・『エヴリィドッグ・ハズ・ヒズ・ディ。』は、広志を襲う試練を描いた他の作品群とは作品の色合いが違っているせいか、読んでいておもわず「ほっほっほっ…」と思わず含み笑いを浮かべてしまうような気持ちを感じました。そういえば、この作品が持つ雰囲気は同じシギサワさんが描かれた、『溺れるようにできている。』(芳文社刊)にも近いように感じます。

それに対し、広志を襲う試練を描いた作品群は、読んでいてとても強い「痛み」を感じてしまいます。読んでいてこれほどまでに強い「痛み」を感じさせる作品は、私にとって稀有なものです。
広志が、結婚まで約束しながら裏切られた元恋人と再会し、その女性を広志から奪った男とも(その男の策略で)引き会わされてしまったことで広志が精神的に叩きのめされる場面では、「自分すらも信じられなくなったら人はどうなるのか?」という問いを自問するに至りました。

そして、おもに下巻で収録されている碧と広志の関係を描いた作品群は、なんともいえない明るさを持った雰囲気の作品です。
それにしてもこのふたり面白い関係だと思います。広志は作中で碧のことを「兄貴と呼ばせてほしい」と言っていますが、私は上下巻を通して読んでいて、「なんかこのふたりは『戦友』だよなあ…」と思いました。
なんというか、碧さん(さん付け)は鬼軍曹といいますか。そうすると広志は部下の兵士なんだろうかなあ。でもやはり、同じ戦火を潜り抜けた戦友同士なんだろうかなあ。

もちろん忘れてはならないのは真鶴の存在。しかし広志と真鶴はとてもよく似た兄妹なのだなとつくづく感じました。ふたりともまじめすぎるがゆえにそういう関係に行き着いたのだろうなと。
兄を想う真鶴の気持ち、そして妹を想う広志の気持ちが、互いに切々と描かれていて、こちらもまた、痛みを感じずには読めないものです。
しかし作品の終わりが見えてくるにつれて、さまざまな試練や事件をくぐり抜けた広志と真鶴は、「生きていくこと」のつらさを受け入れて、歩んでいく道を見つけていきます。
とくに広志サイドを見ていると、それまでの試練に打ちのめされた彼の姿とは異なる、「魂の復活」まで感じさせるような彼の姿に感銘を覚えました。

「痛み」もそうですが、この作品を読んでいると、急斜面を駆け下りていくような感覚に陥ります。駆け下りた先には何があるのか、何があっても無事では済まないだろう、そして途中で足を止めたとしても無事では済まないだろう、と。ですがこの感覚は、底知れぬ快感も持ちあわせているから困ります。本当に面白い…。

そうそう。碧さんは、シギサワさんが最近描かれている『溺れるようにできている。』&『ファムファタル 運命の女』(アスキー・メディアワークス刊)に登場する海老沢三姉妹の長女にあたります。しかしこの『九月病』、他の二作との時系列関連性がいまひとつわかりにくいので考えるのが大変です。いっそパラレルワールドとすら思いたくなりますがはてさて。

あと、端々で効いているのが節目節目でのコメディタッチ。シリアスタッチで描かれているにもかかわらず、なぜかシギサワさんはオチをつけたがるんだよなあと。
下巻71ページでの、真鶴とさしで酒を呑んで呑み負けかけた碧のひとこととか、脇のキャラクターのなかでもかなり効いていると思われる看護士の田中さんが真鶴特製カレーと出会ったときのリアクションとか。笑わせるじゃないか。

やはりシギサワカヤさんの作品の感想を書くというのは難しいものです。まったくまとまらん。やれやれだ。

蛇足とは思うのですが。
土曜日の朝から芋焼酎(ストレート)を呑みつつ上下巻を読んでいたのですが、やっぱりシギサワさんの作品は酒のつまみにいいっ!
(いつもやってたら肝臓壊すよ…)

さらに蛇足。この作品のテーマ曲は鈴木茂の『砂の女』が良いと思いました。
『ファムファタル 運命の女』のときもこの曲を書いたのですが、この作品を読んでみると、曲のCoolさも詞の雰囲気も、この作品に登場する真鶴と碧という二人の女性にぴったりだったので。

そして最後にこれだけは言わせてください。

「海老沢碧(鬼)軍曹に敬礼!」(びしっ!)